日常生活の中でも初めて経験する間違いと、これまで何度か繰り返し発生しているにもかかわらず、なかなか防止出来ないミスがあります。
航空機の整備でも、これまでだれも予想しなかったような極めてまれなケースもありますが、逆に繰り返し起こるミスも少なくありません。これについては、当然、皆起こりやすいことを良く知っており、色々な防止対策が考えられているはずですがそれでも、時々起きてしまうのは何故でしょうか。
例えば、引込式のランデイング・ギアには、地上で故障や誤操作で引っ込んでしまうのを防止する為、通常着陸後安全ピンを挿しますが、出発前にはこれを抜かないと離陸後、ギアが引き込まず飛行機は引き返す事になります。
また、大型機の前輪のステアリング・ロック・ピンは、地上では牽引車によるトーイングのため向きを自由に変えられるようピンを挿して操縦席との結合を解き、出発前にはそのピンを抜いて操縦席から操向ができるように戻さないと、その後機体は自分でタキシングができなくなります。
この両方のギア・ピンの抜き忘れも昔からなかなかなくならないもののひとつです。
そのためピンに長いテープを付け、離れていてもよく見えるようにしたり、出発前のチェック・シートに確認項目を入れたりして、ミスが起こるたびに考えられる項目に対策が採られてきました。
それでもこの種のミスは絶無にはならず、時々離陸後の引き返しや、出発遅延となって色々と問題を起こします。
この種のミスは、結果的には同じ様ですが、良く調べてみると多くの場合、これまで色々と採られた対策ではカバーし難いほかの要因があることがあります。
例えば、ある航空会社で機体がスポットからプッシュ・バックされた後、前輪の操向が効かずタキシ・ウエイで立ち往生したことがありました。
原因は、前輪のステアリング・ピンの抜き忘れでした。しかし、その担当整備員の行動の過程を調べてみると、大変興味深い事が分かりました。
その便の整備員は、ギア・ピンの処置を指示されて、最初にメーン・ギアのピンを抜き、いったん機体下部のコンパートメントにある収納ボックスに入れようとしたところ、コンパートメントの扉のレールに損傷があり、うまく扉が開閉しないのを発見しました。そのため、故障を報告し、他の作業者により直ちに修理されましたが、この不具合の修理が完了したことに”気を取られ”、まだ抜いていなかったノーズ・ギアのピンのことを忘れてしまったのでした。
チェック・シートに「ピンを抜く」という項目があっても、この場合本人は抜いたと思っているのですから防ぎようがありません。(よくある事ですが、チェック・シートの記述が曖昧なときにありがちな事ですね???手抜きが原因???!!!)
この様な抜き忘れを防ぐ為、整備員が出発前に抜いたピンを全部地上に並べてパイロットにみせ、相互に確認しているところもあります。
しかし、そうしたにもかかわらず、やはりステアリングが効かずタキシングが中止になった例があります。
原因は、ピンを抜く前に整備用連絡車の中にピンが置いてあるのを見て、他の人が既に抜いてくれたものと思いこんだことに有ったようです。(作業分担が不明確な為でしょうか???)
実はそのピンは、機体のギアから抜いたものではなく予備のものでした。
いずれのケースも後から見れば単純な事がミスのもとになっていますが、それ程難しくはなく、また日頃何回となく行う行動がどうして間違ってしまうのでしょうか。
それは、人間の大脳の特性によるものと思われます。(!!!責任転嫁はよくない?)
人間は、大脳の指令により行動しますが、本質的な弱点として、ある時期には1チャンネルの判断しか出来ない事が挙げられます。
そのため、ある仕事の最中に別の事が起こるとチャンネルはその方に切り替わり、その後、元のチャンネルにうまく戻らないことがあります。(ほんとにほんと・・・)
最初の例では、途中で扉の故障という現象の割り込みがあり、チャンネルがその方に切り替わったままになってしまったのでしょう。
次の例でも連絡車の中のピンを見て、既に抜かれていると思ったらそれきりになってしまったのです。
複雑な事より単純な事の方が過ちを繰り返すことが多いのは、こんな理由かと思われます。
米国の原子力発電所で報告されたエラーの分布を見ても操作脱落、誤った手順、誤った操作、手順不履行と分類されるものが大きな割合を占めています。これらは、基本的操作として十分過ぎるぐらい訓練されているはずですが、やり慣れた操作でも””””重要なものほどよく確かめて行動する必要”””がある事を示しています。
(社)日本航空技術協会 発刊の航空技術誌(やさしいヒューマン・ファクターズ)より転載させて頂きました。